なぜかホイットマン

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当時憧れだった渋谷パルコ劇場で上演された「なぜか青春時代」。ああ、生で見たかった。クリックすると提供先のサイトへ飛びます。

20代の終わり頃に、ホイットマンの詩をモチーフにした、演劇の作品に遭遇した。

そして、ホイットマンの詩に惚れた。

そして、ホイットマンのような愚直な詩にほれる自分に、

なぜか惚れ直した。

ホイットマンは、滋養強壮、命の母である。

その作品の中で、主演の女優二人が、共に過去を振り返りながら

語り綴る、ホイットマンの詩が出てきた。

20代後半、表現の仕事で飯を食いたい、というぼくが、

ようやく広告の仕事にありつきながら、さらにこっそり水面下で、

劇団を密かに仲間と組んでいた、その仲間と過ごした土曜日の深夜に、

それも、六畳台所とトイレ付きに10人がゴロ寝しながら、

みたブラウン管のカラーテレビの映像と叫び声が、

脳裏に響きに響き、焼きついで今でもたまにヒリヒリ痛くて痒い。

それの作品は、清水邦夫作 蜷川幸雄演出の

「なぜか青春時代」

主演の夏木マリと、松本典子が、

小林海、と、浅井ふね、という名で、

つまりは、海、と、舟、で、

ホイットマンの詩を、叫ぶのだけど、

その場面は、本日で閉店となる停車場の近くの

その名も「ビアホール・車庫」。

ゆきずりの見知らぬ人よ

ぼくがどんな熱い心で君を見つめているか 君は知るまい

君こそ確かにぼくが探していた彼、あるいはぼくが探していた彼女・・・

思えばぼくが君と一緒に遠い日、歓喜にあふれた一日を送ったことがある

ぼくらは互いに伸びやかで 愛にあふれ 成熟をとげ さらに成熟をとげ

相手のそばをすれ違うとき、ともに戦った日々のことを夢のように思い浮かべる

ぼくたちは待たなければならない

ふたたび君にめぐりあう定めであると信じつつ・・・

君を見失うことのないように

君を見失うことのないように

君を見失うことのないように

ホイットマン詩集「草の葉」より

この「なぜか青春時代」は実は深夜に放送された演劇をビデオで録画したものを、

劇団員とともに、何度も、何度も、見続けたものでした。

おそらくはそのころの今現在のぼくの世代、

今現在おそらくは50代の「青春時代」は

左翼(にちょっと憧れる)の世代であった。

そして、今、左翼とも右翼ともいえない、我らの世代が、

「なぜか武士道」と叫ぶのだと、

なぜかブログで、叫ぶのである。

Procol Harum – A Whiter Shade of Pale, live in Denmark 2006

確かホイットマンは、ニューヨークで、

ちょんまげ結った日本のサムライ遣米使節団と遭遇していたはずである。

そして時を経て、東京とニューヨークは、提携するのである。

すべては必然の中で、行動された結果である。

さらに必然的には、ジョン・レノンが、また日本で響くだろう。

さらに北の最果てで、鐘が鳴るだろう。

なぜか、ホイットマンを思い起こすと、

強気になれる我輩は、どごさ生きても南部衆である。

手前勝手に思うのですが、

今、諸問題が顕著になってしまった大相撲ですが、

ニューヨークのマディソンスクエアガーデン場所を実行し、

成功させ、定期化すれば解決すると思います。

勝手ながら、ビール瓶が大瓶だったのか、中瓶だったのか、小瓶だったのか、

そして、キリン、サッポロ、サントリー、どれなんだと。

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