深い森の緑に抱かれ
今日も風の唄に しみじみ嘆く
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
この燃えたぎる苦しさは
明日も続くのか
「悲しくてやりきれない」(作詞 サトウハチロー 作曲 加藤和彦)より
タイトル、イントロ、最初のフレーズから、すべてが
悲しくてやりきれない歌、この、
昭和を代表する作詞家で詩人のサトウハチローさんの歌詞が
急にとても気になっていて、
先日5月3日から5日までの太素祭に参加すべく
乗り込んだ東京からの車の中で、ずっと繰り返し聴いていました。
今ドキ、まずに流行らない歌ですね
最初から下がって、下がって、やっぱり下がって、
悲しくて、悲しくて、苦しくて、悲しくて、
中盤も、悲しくて、悲しくて、
それでもやっぱり、
嘆いて、嘆いて、コブシ握って、涙こらえて洟垂れて、
太素塚で幼少期を洟垂れ泣き虫小僧としてぼくは、
おそらく太素塚裏でトップスリーに入るくらいの
泣げっつだったと思うのですが、
(トップは、共栄アパートのてっちゃんか、このオチボか)
この悲しくて、悲しくて、やりきれない唄は、
泣げっつをこえた、超絶たる、涙もでない泣げっつで、
本当に、今の自分や太素塚をあらわしているようで、
それで、最初に挙げた3番目の歌詞を見たら、
それはそれは、まさにまさに、
青い森の緑に抱かれた太素祭ではないか、と気づいたのが、
十和田に来る途中の岩手の海岸でした。
そして、あれよと、やっているうちに、
泣げっつの万年洟垂れ小僧のこのぼくは、
この曲を太素祭の市民オープンステージの
カラオケで歌ってしまいました。
太素塚の森に一日中どっぷり浸かるのが、
中学校以来の約40年ぶりぐらいでした。
その心持ちを思うと、この歌が東京から十和田に向かう
車の中で浮かんできて、
ずっと頭の中をループしていました。
この太素塚という森は、
どこか、悲しみにあふれている
という気が、
大人になりすぎた今になって、
あらためてしみじみ思います。
それは決して情緒的なものではなく、
思えば新渡戸三代、
子どもの頃は、よくわからなかった。
ちょん髷の傳翁と息子の十次郎、
当時まだ流行のチャンバラ映画やテレビ番組の延長だったから、
ちょん髷がかっこよかったけど、
新渡戸記念館に入るやいきなり背広の稲造がいて、
おそらく当時の子どもにはイかさない、感じじゃなかったか。
しかして、新渡戸三代、
よくぞこの僻地にたどり着き、
新渡戸稲造、広く世界に通じながら、
この僻地の森に眠る。
とてもとても強い意志と努力で
まさに、太平洋の橋となった方なのだけど、
太素塚に新渡戸記念館の前身となる
新渡戸文庫を建立したその原動力は、とても深い悲しみのような気がします。
太素塚の風を感じる人は、
己の弱さと悲しみと洟垂れを
しっかり感謝とともに自覚できる人じゃないか、
と思ったりもしましたが、
この燃え滾る悔しさで、花粉症の鼻水がとまらない。
(だもんで、カラオケの時も、ハダがツバっでいばしだ)
来年2018年5月4日は、稲生川が浄水されて、来年で160周年記念ということ。
ようやく、太素塚にもニセ太素塚が現れました。
古今東西、すべての神話の物語には、ニセモノが欠かせません。偽ウルトラマン、偽仮面ライダー、そして、とうとう偽太素祭の登場です。これを越えた後は、新たなる努力と栄光しかありません。
こうなったら、偽稲造、偽オチボ、なんでも来い!コノヤロ。って感じですが、とんでもないのですが、ともあれ、オチボボンバイエ!嘘つき砦の三悪人、出て来い。
やはり、ぼくとしては、太素塚は、ブルースとジャズなんですよ。
コメント