BOXINGLEE

誇りと魂に磨かれたチャンピオンベルト|変身忍者 佐藤豪追悼ライブ@荻窪ドクターズバーにて

2019年7月23日(火)変身忍者 佐藤豪追悼ライブへ行った。場所は荻窪のドクターズバーというライブハウス。佐藤豪のライブ人生の後半の拠点となる場所だったはずである。
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クンフーオチボ

突然ですが、というわけでもないのですが、 しばらく封印していた「boxinglee」という自分のハンドルネームを復活させようと思いました。 ずいぶんとインディーズ系のアーティストと間をおいていたんだけど、アングラっぽ店を...
オチボ新聞

想い出を磨く旅 変身忍者 佐藤豪の魂と共に太素塚 新渡戸記念館へ

故郷 青森県十和田市に二泊三日の旅に行ってきました。実家の不動産としての確認が主な用事でしたが、あと、今年の太素塚太素祭に令和元年記念漫画とイラストを命懸けで提供してくれた変身忍者 佐藤豪の魂と共に、十和田市の開拓者 太素 新渡戸傳三代と、新渡戸記念館を訪問してきました。
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変身忍者 佐藤 豪  チャンピオン防衛ライブ後の奇跡のゴージャススマイル

変身忍者 佐藤豪の素晴らしいところは、まったく何の価値もなかったものに、価値を作りだしたことだ。これは、試合ライブの相手選手としてのシンガーにも言えるし、ベルトを創設した時に賛同してくれたメンバー、協賛していただいた経営者も然りだ。
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変身忍者 佐藤 豪の”懐刀”と新渡戸記念館前ステージ

一枚のイラストを新渡戸記念館前特設ステージライブ用に提供してもらった 本年2019年令和元年5月3日の青森県十和田市太素塚太素祭・新渡戸記念館前におけるライブのフライヤー(チラシ)に、どうしても彼のイラストを使いたかった。 新渡...
BOXINGLEE

北に樺太が見えるので、今日もいい天気、と、「変身忍者 佐藤 豪」の”懐刀”は言った。

2019年6月19日午後2時頃、漫画パンクアーティスト・変身忍者 佐藤豪に最初で最後の取材に行った 3年ほど前から重い病気と闘いながらライブ活動を続けている彼の概況を知りながら、私自身が、地方回りの仕事をしているなど諸事情で、...
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変身忍者 佐藤豪との約束の一つ エロいバンド結成 ”Dark Side of Blue”

変身忍者 佐藤豪と12年ぶりのやり取りで、お互い了承を得ていたものがあります。それば私と個人 佐藤豪二人を中心にしたバンド結成です。主に私の個人的に好きだった、つまりはDJ Bar boxinglee的な曲をリスペクトしながらコピーするというもの。私が最も敬愛する表現者 原田芳雄が歌う名曲「蒼い影」。
オチボ新聞

【過去ログ】最期の十和田湖 父親は、黙って自分で生きよ、と、どんどん遠くに去っていった。

私の父親である丑松が亡くなる前の年の2001年11月、十和田湖に一緒に行った。その年の3月に母親、ゆきゑが亡くなった。見届け、葬儀が済み、四十九日が済み、その年の夏の盆頃には直腸がんが早期発見されるが、本人は鉄人のように元気でぶっ飛ばす...
Mother

【月報】新宿~四谷~市ヶ谷~江戸川 出会いとわかれと、来るべきもの

5月から自ら宣言して内勤に籠っていました。 やろうと思っていたことがあった。それは何かというと、自分の人生の仕組み=システムの組み直し、とで言えばいいのかと思う。 最近出会ったある著名な経営者の方が言っていた。
オチボ新聞

【過去ログ】2005年の「敬々という人」2004年「新東京歌謡プロレス」の発端

WEBの仕事の整理をしていて、過去のブログを確認していたら、また面白い記事があったので掲載したいと思います。
ずっとやりたかったことをやりなさい

「日々是好日」を映画館で観た

先日、数年ぶりにジュリア・キャメロンの「ずっとやりたかったことをやりなさい」を読んで再度刺激を受け、朝一番(とはいっても起きるの遅かったりするんですが)モーニングページを書きはじめた。 さらに、もう一つ、忘れかけていた日課を取...
ずっとやりたかったことをやりなさい

「ずっとやりたかったことをやりなさい」をまた読みはじめました。

仕事がはかどらず、どうにもならぬこの数日、何とか乗り越えようとかつて仕事の困難を乗り越えるときにやっていたことを思い起こしていました。 ノートに落書きという解決策を思い起こす 本を読んでも集中できず、寝転がったり、またお...
オチボ新聞

オレの名はオチボ。ヒゲがなくなりトシをとった。ついでに煙草も吸わなくなった。「オチボ伝説 令和立志篇」解説

 今年の5月も終わりになりました。あっという間ですね。5月は本当に好きな季節です。5月は青森県が最も青春な季節ですね。青森が青い森の由来ではないか、と思ったり。恋の季節ですね。話がずれるんで、ともあれ5月3、4、5日に開催された青森県太...
オチボ新聞

「伽藍が白かったとき」抜粋 ル・コルビュジエ著 生田 勉・樋口清 訳

2019年5月3日青森県十和田市における太素塚太素祭において、敬々LIVE in front of MUSEUMのオープニングアクトでリーディングさせていただいたテキストをアップいたします。 リーディングしたのは建築家のル・コルビ...
BOXINGLEE

十和田市太素塚太素祭で、敬々が「夕焼け市」を歌った

2003年だったか。東京の荻窪の当時経営していた店で、敬々という八戸出身の歌い手が突然現れて(そもそも店に客は突然現れるものなのだが)、南部弁を交えながら、時にシリアスに、時に酔っ払い、時に全くホジなくして(正気をなくしたとでも翻訳しましょうか。ほんつけなし、ほんずなし、と地域によって若干違いますが)東北のこと、青森県のこと、南部地方のこと、そして、太素塚のことを話した。
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新元号発表前に、平成の終わりに昭和の終わりを想う

本日2019年4月1日に新しい元号が発表され、来月5月より正式に元号が変わる。 昭和という時代は、平成という過去のもう一つ前の時代になるのだね
オチボ新聞

萩原健一 JUNの赤シャツとショーケン・ハロー・マイ・アルチュール・ランボー・ザ・ジェラシー なんとなくグッバイ

ショーケン、萩原健一が死んじまったよ。 68歳だったってさ。10年違いだったんだね。たった。いや、そうでもないか。まてよ。 先日の内田裕也につづいて、ロッケンロラーな人の旅立ちがプチブームなのかな、などと。 思い返せば、萩原健一、ショーケン、本当に好きだった。
Mother

友愛保育園のお母さん(青森県十和田市 1960年代)

またまた写真整理していたら、故郷青森県十和田市の友愛保育園のお母さんたちの集合写真を見つけた。 この日は確か3月3日のひな祭り。ひな壇と雛人形が寄進された日だった。
オチボ新聞

内田裕也 ハドソン川を背広で泳いだロッケンロラー 西武パルコ80年代

内田裕也氏の追悼 書きたいとは思うのだが、先に好きな音と絵が浮かぶのでそれから。 内田裕也 ハドソン川を背広で泳いだロッケンロラー 西武パルコ80年代 まとめようとすると、妙なタイトルになる。 そんな感じの内田裕也...
オチボ新聞

ジェームズ・ボールドウィン「ビールストリートの恋人」での再考

久々、西荻窪の本屋めぐりをしていたら、懐かしい響きのタイトルの一冊を見つけた。 タイトルは 「ビールストリートの恋人」。 自分の記憶の中にある親しんできたタイトルとちょっとちがった。 が、 表紙の原作者の名前は、やはり記憶どおりのジェームズ・ボールドウィンだった。 ...
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