オチボ日記

オレの名はオチボ。ヒゲがなくなりトシをとった。ついでに煙草も吸わなくなった。「オチボ伝説 令和立志篇」解説

 今年の5月も終わりになりました。あっという間ですね。5月は本当に好きな季節です。5月は青森県が最も青春な季節ですね。青森が青い森の由来ではないか、と思ったり。恋の季節ですね。話がずれるんで、ともあれ5月3、4、5日に開催された青森県太...
オチボ日記

「伽藍が白かったとき」抜粋 ル・コルビュジエ著 生田 勉・樋口清 訳

2019年5月3日青森県十和田市における太素塚太素祭において、敬々LIVE in front of MUSEUMのオープニングアクトでリーディングさせていただいたテキストをアップいたします。 リーディングしたのは建築家のル・コルビ...
BOXINGLEE

十和田市太素塚太素祭で、敬々が「夕焼け市」を歌った

2019年令和元年の太素塚太素祭が無事に、盛況に終わった。 個人的には、開催日直前までの請負の仕事がギリギリまで続き、身体的な疲労が精神的な克己心で乗り越える頃ができず、まったくもって最後の最後までギリギリの体力で故郷十和田まで乗り込...
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新元号発表前に、平成の終わりに昭和の終わりを想う

本日2019年4月1日に新しい元号が発表され、来月5月より正式に元号が変わる。 昭和という時代は、平成という過去のもう一つ前の時代になるのだね
オチボ日記

萩原健一 JUNの赤シャツとショーケン・ハロー・マイ・アルチュール・ランボー・ザ・ジェラシー なんとなくグッバイ

ショーケン、萩原健一が死んじまったよ。 68歳だったってさ。10年違いだったんだね。たった。いや、そうでもないか。まてよ。 先日の内田裕也につづいて、ロッケンロラーな人の旅立ちがプチブームなのかな、などと。 思い返せば、萩原健一、ショーケン、本当に好きだった。
Mother

友愛保育園のお母さん(青森県十和田市 1960年代)

またまた写真整理していたら、故郷青森県十和田市の友愛保育園のお母さんたちの集合写真を見つけた。 この日は確か3月3日のひな祭り。ひな壇と雛人形が寄進された日だった。
オチボ日記

内田裕也 ハドソン川を背広で泳いだロッケンロラー 西武パルコ80年代

内田裕也氏の追悼 書きたいとは思うのだが、先に好きな音と絵が浮かぶのでそれから。 内田裕也 ハドソン川を背広で泳いだロッケンロラー 西武パルコ80年代 まとめようとすると、妙なタイトルになる。 そんな感じの内田裕也...
オチボ日記

ジェームズ・ボールドウィン「ビールストリートの恋人」での再考

久々、西荻窪の本屋めぐりをしていたら、懐かしい響きのタイトルの一冊を見つけた。 タイトルは 「ビールストリートの恋人」。 自分の記憶の中にある親しんできたタイトルとちょっとちがった。 が、 表紙の原作者の名前は、やはり記憶どおりのジェームズ・ボールドウィンだった。 ...
BOXINGLEE

好きなことを仕事にして、糧にし、生きていくために。

店主自らがバカ丸出しによる営業活性化のためではあった。 もうひとつは、ただのヤケクソだったような気もする。 中学生の頃依頼、無理やりステージで演奏しているミュージシャンの指使いを見ながら、真似して、なるほど、ごまかしのきくコードの押さえ方や作り方を真似して、店が跳ねたあと、夜中に練習していた。
オチボ日記

人生の職業訓練所にて

約2年間の東北を中心とした地方巡業の仕事が終わり、昨年末に東京に戻り、今年から、契約で請負の仕事をはじめた。 これがまた、山形の仕事を越えて、また長時間の仕事なのである。 一応、契約で時間も仕事の都合に合わせる、という約束なので、あわせるのだが、一日14時間以上は働いたり待機しているのだろうか。実に実にヘビーである。 が、慣れた。
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