冬場になって、カブの漬物が出回るようになって、本日も、スーパーから買い求めて、カリ、コリ、してたら、10数年前に書いていた文章を思い出しました。なんか懐かしいので、復刻しますね。
彼女が故郷を捨てた理由。
あのときの悔しさは一生忘れない!
思い出すたびに、我が一番上の姉はそういって、目を潤ませるのだ。
時はもう30数年以上前にさかのぼります。
僕の生まれた青森県十和田市太素塚裏の実家のから、姉が高校を卒業して、東京に就職のため上京することになった。親しいご近所さんや親戚を呼んでささやかなパーティーが開かれました。
姉が18歳で、ぼくが5歳の頃ですね。
テーブルには、常に大量に作ることしか知らない料理が大雑把で大胆なな母親が一生懸命作った料理が、小鉢や小皿に小ぎれいに盛りつけられてテーブル一杯に並べられました。
その頃、我が家の食卓には、おかずは一品ぐらいしかなく、それにいつも大皿に盛られていた。
だから言うなれば、その時のテーブルの景観は、今の懐石料理ぐらいのハイグレードな価値観があったのです。
さあ、乾杯しようかと席に着いた時、姉は発見した。
夢のようなごちそう。
思わず声に出しそうになる。
“あ、ハムだーーーーーーーーーーー!”
薄切りにされたピンク色のつややかなハムが、クルリと巻かれて爪楊枝に刺され、あたかもオードブルのように目の前の小皿に端正に盛りつけられている。
その頃は、ハムはまだ高値の華で、ぼくたちはなかなか口にすることが出来なかった。一般にハムといえば、魚肉ソーセージとほとんど変わらないスライスされた魚肉ハムであり、あの分厚いボンレスハムなど、とんでもない話だ。もちろん、ベーコンと言えば、クジラベーコンであり、今でこそ珍重されるのが不思議なくらい、当時の感覚としては美味しくもない食べ物でした。
そんなわけで、スライスしたハムはまさに、ナマツバ、ゴックンなのである。
姉は心の中で、アップテンポで歌い始めた。
“ハームだ! ハームだ! ハームだ! ハームだ! ハームだ!⋯⋯⋯
カンパーイ。
宴の始まり。
姉は、用意されたオレンジジュース(それでさえも高価だった)には目もくれず、目の前のハムにカブリついた。
う。
違う。
かんだ時の最初の音から、違う。
普通のハムを食べた時の音は、ムシャ、ですよね。
だけど、その時の音は、
カリッ、コリッ、カリカリ、カリカリカリ、⋯⋯⋯
ム、
チガウ、
姉は咀嚼して、すぐに気がついた。
それは、
スライスされ、
ロール巻きにされた、
夢に見た“ハム”のように、
料理の下手クソな母親が、
いつになく心をこめて
精巧に料理し、
美しく盛りつけた、
いつも、毎日、毎日、飽きるように食卓にならべられていた
“赤カブの漬け物”だったのだ。
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