数年前、この一枚の写真にある男の視線が、ぼくに問いかけたのだった。
写真は、ぼくの生まれ故郷、青森県十和田市の歴史を綴る写真集「写真集・明治・大正・昭和 十和田」にある一枚だ。
十和田市が、まだ三本木という地名のだだっぴろい原野であった頃から開拓がはじまり、稲生川という人口河川が上水されて、町が構造化され、経済が繁栄しはじめた頃、平地であった土地柄を利用して、馬の畜産が隆盛したころの写真だと考えられる。写真集の解説においても、写真の細かな出所は書かれていなかった。
東京に18歳に上京してから30年ほどがたった頃、あるタイミングで、故郷のことを想い所蔵していた写真集を数年ぶりに開いたのだった。
最初は、ペラペラと何気なく、ただ懐かしくページをめくっていた。そして、突然、一枚の写真がぼくの心の襟をを掴み、挑戦的に問いかけてきた。
おい、この馬を見ろ。
この写真の解説には、このような言葉が書かれていた。
手塩にかけて育てた馬と別れを惜しむ若夫婦である。好物の豆やにんじんをたっぷり与え、鼻をさすり肩をたたいて新たな幸せを祈りながら、別れ難い別れをするのである。
※写真出所、文・引用 「写真集・明治・大正・昭和 十和田」(工藤祐篇、昭和55年国書刊行会刊)より
この光景は、せり市の一つの風景である。愛馬に手をかけしっかと立つ男性の、誇りと悲しみが混在する強い視線が愛おしい。綿入れ半纏の女性の背中に隠れているのは、生まれたての乳飲み子らしい。
そして、男はいった。
さあ、次の地点に向かって、歩いてゆけ
と。
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