青空の同窓会

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3年ぶりぐらいなんでしょうか。
何とも表現しがたい空白の期間を超えての再開でした。
私自身ももはや若造とはいえない年嵩となりましたが、
思えば新参者として仲間入りした10数年前、
お世話になったかたも、チラホラと見えなくなっちゃった。
実は、この「東京三高会」に同年代としては早めに入会したきっかけは、私の個人事業の失敗からでした。

私の個人事業の失敗

5年続けた店舗をたたみ、西荻駅前に古民家のようなアパートの一室を借りて、あらたにマーケティングプランナーの事務所としてやりなおしたところ、5年のブランクで能力が落ち、せっかくもらった大手の仕事もかつてのようにうまくこなせず、どうしたものか。
炎天下に脂汗をかきながらクライアントとクライアントのデスクを行き来していました。

思いついたのは、地方、でした。そして、母校を思い出す。

首都圏の雑踏を彷徨しながら、新宿、六本木、赤坂、恵比寿を彷徨しながら、あらたに自分の進むべき企画クリエイティブの仕事の方向性を考えていました。
思いついたのは、地方、でした。
これから必ず地方の時代がくる!
という妙な確信でした。本来自分が狙っていた方向でした。すると、パソコンの検索をしていると知らぬ間に、同窓会のポータルサイトに入っていました。さらに、自分の母校の名前を検索すると、出てきました。そして、そこから、同窓会への案内があり、全く訳も分からず参加申し込みをしました。
それから、同窓会の事務局、私ともども、その後のやりとりのやり方が分からずに、当日を迎えても連絡も来ず、どうしたものか?とやり過ごしました。

一通の手紙がきっかけで

そしてのその夏の同窓会終了後、同窓会事務局の方と思われる方からとても丁寧な手紙を受け取りました。
「わたしたちの不注意のせいで、あなたへの返信をせずにごめんなさい………」
それがきっかけで、共通する人たちが所属する東京の同郷会(東京十和田会)に参加し、翌年、ようやく高校の同窓会に参加できました。
そこには、私より10年も20年もそれ以上も前に上京し、東京で頑張ってきた先輩たちがいました。
「ともかく、やり直そう。東京から地方への出発だ」
そんな気分で、仕事をし直しました。途中クリエイティブやライティング(文筆)の仕事がとれずに、四苦八苦しました。が、乗り越りこえられたのは、同郷、同窓会のおかげです。

市ヶ谷の青空はいつも心地いい。あたかも故郷のように。

何か。感謝ばかりがループする青空でした。
感謝をもっと噛みしめようと、靖国神社にお参りいってまいりました。
年に何度か必ず歩く、市ヶ谷の青空はいつも心地いいです。あたかも故郷のように。雨が降ろうが風が吹こうが、晴れ、なのです。
追伸 現場で言おうと思っていて忘れてました。
   馬場さん、あの時はお手紙ありがとうございました。
   こうして、皆さんに会うことができたのは、
   馬場さんのやさしい「言葉」のおかげで
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