石原慎太郎氏の国会での遺言

石原慎太郎氏の国会での遺言

石原慎太郎氏の国会での遺言 国、国体、靖国を語ることに、ライプニッツがキーワードが出てくる。 この人は、やはり文学者、いや、哲学者だったんだなあ。 時々見るために、ここに動画アップしておきます。

オンリー マイ ボクシング Only My Boxing

オンリー マイ ボクシング Only My Boxing

大相撲、レスリング、アメフト、そして、とうとうきたか、 ボクシング。 昨今のスポーツ界のマネジメント汚染報道見て、 いやな思いはしていたけど、 ボクシングに関しては、本当に特別に嫌な思いがしてしまう。 そして、自分自身、10代から今の50代にある、 憧れ、哲学、生き方、さまざまな方面で基盤となっている考え方に、 ボクシング、というキーワードが、歴然としてあるのだ。だからこそ、ボクシング、がこれほど汚辱されていたことに、

我が心の故郷 映画「男はつらいよ」は、やっぱり泣けるぜ。

我が心の故郷 映画「男はつらいよ」は、やっぱり泣けるぜ。

実は「男はつらいよ」シリーズは、ぼくが勤め人だった30才前後の頃、あまりに仕事が慌しくてうまくゆかず、落ち込んでいた時期に、心の助っ人になってくれた映画でした。 あまりに忙しくて、土日も働いていた頃がありながらも、絶対毎週1本は観る、と決めて、レンタルビデオを借りて一年ほどかけて全作品を観ました。

ワールドカップ2018幕開け!忘れられた微熱な風が吹いている

ワールドカップ2018幕開け!忘れられた微熱な風が吹いている

世の中はリアルとヴァーチャルの交錯が日々ライブのように繰り広げられていた。 サッカーファンと、クラブ通いする通称クラバーが渋谷をキーステーションに多面的な場面で工作していた。 酒場、球場、クラブ、ライブハウス、そして、まだISDN回線だったインターネットと携帯電話。 ここにはいない誰かと、ここではないどこかで、ヴァーチャルというあちら側のネットワークを介して、 出会いたい、触れたい、踊りたい、抱きあいたい。 そんな未知との出会いへの渇望の風が、微熱のように、夏で、冬でも、生ぬるく漂っていた。

見晴台から、ずっと。

見晴台から、ずっと。

先日、同郷の小学、中学の同期生の家に訪問して酒を飲みながら語った。 私は、何故に東京にいて、齢50になりながら、 故郷青森県十和田市について叫ぶのか。 集まった同郷近郊の友人や家族と語った。 私の生れた青森県十和田市の話にしても、一つの枠で言い切れない世界がある。 ...

キミの死ぬところはこんな淋しいところじゃない~2018年太素祭160周年記念スタッフ参加を終えて 映画「どついたるねん」を想い起こした

キミの死ぬところはこんな淋しいところじゃない~2018年太素祭160周年記念スタッフ参加を終えて 映画「どついたるねん」を想い起こした

広告代理店勤めをしていた二十代の末期、会社の先輩のセコチンのマンションで、土曜日の半ドン明けの午後、ビデオで観たんだが、映画の終わりのエンディングで、あまりに深く感動してしまって、そそくさと新中野のその場所から立ち去ったのを覚えている。

夢の荒野

夢の荒野

故郷 青森県十和田市の開拓史は、実に世界において普遍的である といいつづけるには、わけがある。 今まで十和田開拓史に通じる文芸、演劇、映画作品にいくつも遭遇した。 その代表的な一つがこれだ。 映画「FIELD OF DREAMS(フィールドオブドリームス)」。 ...

元町のご詠歌とジョン・コルトレーン

元町のご詠歌とジョン・コルトレーン

モダンジャズというものに惹きつけられるきっかけは、5歳の頃に遭遇した葬式のご詠歌だった。 ジャズというものをはじめて真っ当に正面から聴いたのが、高校1年の土曜日の昼下がり。 クラブ活動終わってから、家に帰って、太素塚裏の家の2階の部屋の畳に寝転がりながら、NHKのFMを聴き流していた...

太素塚への道 序章

太素塚への道 序章

今年の青森県十和田市太素塚(たいそづか)のお祭り、太素祭(たいそさい)が近づいてきたので、太素塚の想い出の発端をたどって見たい。 生まれ故郷にある太素塚について。 不躾な言い方かもしれないけど、私が、生まれ故郷の十和田市の太素塚、その大切さについて強くいい続けている最も大きな理由。 ...

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