サラ・ヴォーンの「ラヴァーズコンチェルト」 sarah vaughan – A Lover’s concerto

サラ・ヴォーンの「ラヴァーズコンチェルト」 sarah vaughan – A Lover’s concerto

1970年代、中学校あたりかなぁ。 太素塚裏で、よく聞こえた曲だ。 サラ・ヴォーンの「ラヴァーズコンチェルト」 生まれて高校一年まで住んだ太素塚裏の想い出の中では、すごく洋楽の記憶が多い。 この曲は、その代表。 落ち着いたら、太素塚裏の畑でロックバンドが演奏していた...

カモメのジョナサン【完全版】の【完全】とは?

カモメのジョナサン【完全版】の【完全】とは?

不覚にも、最期の1フレーズを読み終えた途端に、 ボロっと涙が出てしまった。 30年の年月を隔てて 一冊の本を再読した。 「カモメのジョナサン」その【完成版】である。 リチャード・バックのこの作品は、最初1974年に上梓されており、 中学か高校の頃に...

貴乃花は、武士道として正しい

貴乃花は、武士道として正しい

貴乃花親方は、相撲という武道において、正しい。 貴乃花親方は、あまりに現代的には悲しいくらい 武士道、そのままを生きている。 貴乃花親方は、本来の相撲の常識としての武士道を、普通に貫いて生きている。 武士道といって、時代錯誤というなかれ。 そもそもが、ちょん...

大人は判ってくれない

大人は判ってくれない

今年に入って仕事が煩雑すぎるので、 なぜかやたらとテレビを見るようになって、 しかも、特に大相撲の場所がはじまると、毎日定時に必ず見るのですが、 ここ1週間ほどの日馬富士を巡る騒動を見ていて、 なぜか、思い起こしてしまう映画がありまして、 それが、フランソワ...

師走の準備

師走の準備

関東から北日本、雪が降り始めて、どうやらまた今年も師走の準備がはじまります。 師走といえば、毎年なのですが、 二十歳の頃の出会った九州の友人に勧められて 大枚はたいて観に言った国立劇場小劇場の立川談志のあの高座を想い出します。 「落語とは、人間の業の肯定である。」 ...

なぜかホイットマン

なぜかホイットマン

20代の終わり頃に、ホイットマンの詩をモチーフにした、演劇の作品に遭遇した。 そして、ホイットマンの詩に惚れた。 そして、ホイットマンのような愚直な詩にほれる自分に、 なぜか惚れ直した。 ホイットマンは、滋養強壮、命の母である。 その作品の中で、主演の女優二人が...

孤独の旅路~crossed the ocean for a heart of gold

孤独の旅路~crossed the ocean for a heart of gold

2000年初頭に音楽バーを経営していた頃、 一人の50代の頭の毛の薄い眼鏡をかけたサラリーマンロッカーに出会った。 当時の常連客の紹介で、わが店にひょいとギターをもって現れた。 一見てんぷくトリオ劇場の脇役のサラリーマンかと思った。 ちょびヒゲつければ、植木等の脇役の...

頭脳と身体脳

頭脳と身体脳

創造、クリエイティブ、と呼ばれるものは、 構想する頭脳と、もう一つ、世界と身体と完成形をつなげるための身体脳が必要である。 10年ほど前、同年代の全く売れない、というか、全く自ら売っていないロックミュージシャンと身体アートについて話していた時に、彼はこんなことを言ってきた。 その時...

大いなる傍流

大いなる傍流

青森県十和田市前副市長であったの小久保純一氏「新渡戸三代」を読んだ。 おそらくは、この書は、新渡戸傳、新渡戸十次郎、新渡戸稲造という、 千葉県、岩手県、青森県、北海道、東京、アメリカ、ヨーロッパと、 あまりにも法外な歴史を一挙にまとめてしまった十和田市の太素塚という、 ...

家出の準備

家出の準備

その日の昼前、保育園の庭で、いつものようにお友達と遊んでいたら、急に、お母ちゃんが現れた。ぼくはその出で立ちに驚いた。 いつもは、庭いじりか畑いじりで真っ黒けのお母ちゃんは、スカート姿だった。 母親との家出は、当時通っていた友愛保育園のからはじまった。 お母ちゃんが、 ...

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