我が心の故郷 映画「男はつらいよ」は、やっぱり泣けるぜ。

我が心の故郷 映画「男はつらいよ」は、やっぱり泣けるぜ。

実は「男はつらいよ」シリーズは、ぼくが勤め人だった30才前後の頃、あまりに仕事が慌しくてうまくゆかず、落ち込んでいた時期に、心の助っ人になってくれた映画でした。 あまりに忙しくて、土日も働いていた頃がありながらも、絶対毎週1本は観る、と決めて、レンタルビデオを借りて一年ほどかけて全作品を観ました。

ワールドカップ2018幕開け!忘れられた微熱な風が吹いている

ワールドカップ2018幕開け!忘れられた微熱な風が吹いている

世の中はリアルとヴァーチャルの交錯が日々ライブのように繰り広げられていた。 サッカーファンと、クラブ通いする通称クラバーが渋谷をキーステーションに多面的な場面で工作していた。 酒場、球場、クラブ、ライブハウス、そして、まだISDN回線だったインターネットと携帯電話。 ここにはいない誰かと、ここではないどこかで、ヴァーチャルというあちら側のネットワークを介して、 出会いたい、触れたい、踊りたい、抱きあいたい。 そんな未知との出会いへの渇望の風が、微熱のように、夏で、冬でも、生ぬるく漂っていた。

見晴台から、ずっと。

見晴台から、ずっと。

は、ものごころついた頃、おそらくは3歳頃から、 その高い視点に気づき始めていた。 何故ならば、私は、 今から150年前に狂気的な才覚と計画力と実行力をもつ人物、 新渡戸傳氏と、その子息である十次郎氏と、さらにその子息の新渡戸稲造氏の 墓を祭った太素塚を中心に、世界を体感し始めていたからだ。

キミの死ぬところはこんな淋しいところじゃない~2018年太素祭160周年記念スタッフ参加を終えて 映画「どついたるねん」を想い起こした

キミの死ぬところはこんな淋しいところじゃない~2018年太素祭160周年記念スタッフ参加を終えて 映画「どついたるねん」を想い起こした

広告代理店勤めをしていた二十代の末期、会社の先輩のセコチンのマンションで、土曜日の半ドン明けの午後、ビデオで観たんだが、映画の終わりのエンディングで、あまりに深く感動してしまって、そそくさと新中野のその場所から立ち去ったのを覚えている。

夢の荒野

夢の荒野

故郷 青森県十和田市の開拓史は、実に世界において普遍的である といいつづけるには、わけがある。 今まで十和田開拓史に通じる文芸、演劇、映画作品にいくつも遭遇した。 その代表的な一つがこれだ。 映画「FIELD OF DREAMS(フィールドオブドリームス)」。 ...

元町のご詠歌とジョン・コルトレーン

元町のご詠歌とジョン・コルトレーン

モダンジャズというものに惹きつけられるきっかけは、5歳の頃に遭遇した葬式のご詠歌だった。 ジャズというものをはじめて真っ当に正面から聴いたのが、高校1年の土曜日の昼下がり。 クラブ活動終わってから、家に帰って、太素塚裏の家の2階の部屋の畳に寝転がりながら、NHKのFMを聴き流していた...

太素塚への道 序章

太素塚への道 序章

今年の青森県十和田市太素塚(たいそづか)のお祭り、太素祭(たいそさい)が近づいてきたので、太素塚の想い出の発端をたどって見たい。 生まれ故郷にある太素塚について。 不躾な言い方かもしれないけど、私が、生まれ故郷の十和田市の太素塚、その大切さについて強くいい続けている最も大きな理由。 ...

ラジオの国から来た男

ラジオの国から来た男

オリンピックのテレビ放送をずっと、ぼーっと眺めていて、 ふと、交通、という言葉を思い出した。 1980年代初頭、当時、流行っていたポストモダン哲学の中の キーワードとしての「交通」である。 思えば、インターネットがまだ流布する以前、 活版印刷から衛星放送へ、 ...

冬の東北、かた雪、キック、キック、キック

冬の東北、かた雪、キック、キック、キック

東北から東京へ戻って、また東北へ。 仕事の都合で、上京してから三十数年たって、久々に雪と格闘する冬を過ごしています。 この数ヶ月、どこが本拠地かわからないような状態です。 東北の仕事場に戻ってみれば、 冬来たりなば春遠からじと、解けはじめていた路面の雪に、 どかどか...

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