文学者になりたくて大学、親に頼んで入れてもらった。
東京出てきたら、青森、ド田舎、クソ呼ばわりする奴らだらけ。
最初、世田谷祖師谷に姉の紹介ですんだけど、合わなかった。
大学も合わなかった。
アルバイトで金をためて、親に負担をかけないようにして、大学を変えよと、受験料と最初の一年の授業料をためた。
そして、勝手に受験して、親に頼んで次の大学に行かせてもらった。
それはすべて板橋の出来事だった。
中上健次の本を古本屋で買って、衝撃を受けた。
オレは19才で、「19歳の地図」を読んで、その映画を観た。
オレは、人生を、爆弾的に変えることを決意した。
板橋。
中上健次
そして、矢沢栄吉、
惚れた
みんな、異族だった。
オレは、故郷十和田を再確認した。
そこは、異族である新渡戸傳が開拓した街だった。
オレは、世界は文学だと確信した。
当時、それは新宿であり、中上であり、ジャズだった。
そして、矢沢栄吉が、
ロックという人生劇場のジャズストーリーを爆裂はじめていた。
1982年
yes, my loveの頃である。