ねこ、猫、ネコ

【オチボ新聞】なぜか武士道の名付け親、高円寺に死す。

2016年10月8日夕刻、 このブログのタイトル「なぜか武士道」の命名者が亡くなりました。 おそらく確か10歳とのことです。 ひょんなことから、一年前に相棒と一緒に住むようになりました。 名前は、ジンくん。 ...
路地と武士道

歩きはじめよ、と、男はいった④ 直感

この写真が掲載された写真集を手元に置くようになったのは2002年。それ以前は十和田の実家の書棚に置かれていた。 前年に母親が他界し、翌年に父親も続けて逝ってしまった。その2年間の間に、家族や仕事に怒涛のような変化がおき、何度も...
路地と武士道

歩きはじめよ、と、男はいった③ 別れ

2008年の暮れあたりに参加したビジネスセミナーに申し込みするにあたって、セミナー講師から事前の課題を与えられた。 それはこれから10年先までの人生計画書を書け、というものだった。2009年から2018年まで一年毎に己が成し遂...
ダイナマイトと武士道

歩きはじめよ、と、男はいった② 六本木

2008年の師走が近い頃、仕事が停滞して途方に暮れたあたり。一念発起して友人の紹介で知った六本木で開催されたビジネスセミナーに参加してきた。そもそも、二十代はセミナーの会社で企画の仕事をしていたが、自らがセミナーに参加するなんてはじ...
ダイナマイトと武士道

歩きはじめよ、と、男はいった。

数年前、この一枚の写真にある男の視線が、ぼくに問いかけたのだった。 写真は、ぼくの生まれ故郷、青森県十和田市の歴史を綴る写真集「写真集・明治・大正・昭和 十和田」にある一枚だ。   十和田市が、まだ三本木という地名のだだっ...
オチボ新聞

【オチボ新聞】人は学びに飢えている

仕事の関係で、最近は、社会人向けの一般教養の講座をいくつかうけたりしています。 いわゆるカルチャーセンターですが。 主には、宗教(仏教、キリスト、ゾロアスター)、考古学、歴史関連です。
オチボ新聞

【オチボ新聞】世界はsit down please

仕事で待ち合わせのために、駅の近くの広場で立っていました。 待ち人からは連絡が来ず、だけど、絶対今日は会わねばならない事情があったので、 辛抱強く待っていました。 ともかく会って、話さなくてはならない案件。 ...
オチボ新聞

【オチボ新聞】猿田彦大神へ、また行く

巣鴨の猿田彦大神へお参りしてきました。 仕事で巣鴨へ寄ったついでですが、 巣鴨や駒込方面に行った際には、ほぼ立ち寄ってお参りしてきます。
読書

「一流の男をつくる才能と信念の磨き方」里中李正から

何気なく本棚にある一冊の本を抜き出して、ちょうどめくったページにこんなことが書いてあった。 --------- あなたが生まれたときから庶民の息子で、父親は平凡な男で、高卒か普通の大学で、会社も無名の企業で、何の才能もな...
オチボ新聞

飢えたニャンコに学ぶこと

本日は、ぼくがやっている仕事の一つ、 便利屋さんの仕事の現場立会いに行ってきました。 今回の現場は、猫に関する仕事です。
路地と武士道

綿菓子泥棒を捕まえろ!

写真出典:太素塚太素祭実行委員会 ぼくにとっての太素塚記憶のはじまりは、 太素祭(たいそさい)というお祭りでの出来事だった。 こどもこどもでありながらも、ぼくという個人が、 世界のしくみ=システムに気付くきっかけ...
オチボ新聞

【オチボ新聞】雨の祝日に何を祝うか?

開拓とか、開拓者とか、イノベーターとか 言いますし、これまで言ってきましたが、 本日、祝日秋分の日、さて何を祝うか? 久々、猫の仕事がきました。
太素塚の遊び方

空想科学の森、太素塚。

既成の世界観に固められてない、 想像力が無限に広がりづつける子供にとって、 自然というものは、さまざまな異郷を連想させる。 ぼくが太素塚の裏の家で生まれ育った育った1960年代当時の流行った アニメや漫画...
オチボ新聞

【オチボ新聞】雨と猫と病院。

東京は雨。 土砂降りの中、ねこのジンくんを午前、午後、2回、東高円寺の病院へ連れて行く。 あと、どのくらい? と、不謹慎な疑問を、口に出してしまいそうなパートナー。
路地と武士道

太素塚の遊び方

子供たちにとって、太素塚の中で、 もっともスリリングで面白い場所は、 新渡戸傳、その息子十郎、さらにその息子の稲造、 十和田市の開祖新渡戸三代の三つ並んだ記念墓碑だったと思う。 本来、太素塚は、埋葬された新渡戸傳とい...
路地と武士道

聖地として、遊び場として

ぼくが生まれたのは、太素塚の裏の路地裏の平屋の家だった。 ものごころついた頃には、ただ普通に家の窓から太素塚の森が見え、 ただ当たり前のように、太素塚の森の中で遊んでいた。 ぼくが生まれた1960年代は、高度成長期であり、...
オチボ新聞

【週刊オチボ新聞】再び、生きる。

先日、自分の生まれ故郷に関わるシンポジウムに参加して、 ココロの中に溜め込んでいたものを書き始めようか、と思って このサイトに書き始めました。 ここにあるとドメインは前から持っていたんだけど、 何を書くかは決めていな...
路地と武士道

やさしさが溢れる、ほんつけなしの場所

ぼくが生まれ育った太素塚の裏の路地、通称「太素塚裏」は、 ぼくの世代の子供たちが成長する勢いに比して、 生命力を発揮していたように思う。 後に必ずさらに整理して述べるが、 太素塚とは、何か。
路地と武士道

夕焼けを見る理由

夕焼けは西に沈む。 十和田市を夕焼けの町だ、という理由。 日は東から昇り、西に沈む。 これは世界中、どこに行っても同じことがおきる。 幼い頃のぼくにとって、夕焼けとは、なんだったのか。 お父さんがバイク...
路地と武士道

夕暮れの町

ぼくは一頃、ライブのできるバーを荻窪で運営していた。 一頃とても暇で、一頃メチャクチャ繁盛した。 暇な時期に、彼は来た。 彼は、フォークシンガーだった。 彼は、ぼくの生まれた十和田に近い八戸の生まれだった。
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