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太素塚の遊び方

子供たちにとって、太素塚の中で、 もっともスリリングで面白い場所は、 新渡戸傳、その息子十郎、さらにその息子の稲造、 十和田市の開祖新渡戸三代の三つ並んだ記念墓碑だったと思う。 本来、太素塚は、埋葬された新渡戸傳という偉人を祭る「墓所」であったはずであり、 そこに並ぶ記...

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聖地として、遊び場として

ぼくが生まれたのは、太素塚の裏の路地裏の平屋の家だった。 ものごころついた頃には、ただ普通に家の窓から太素塚の森が見え、 ただ当たり前のように、太素塚の森の中で遊んでいた。 ぼくが生まれた1960年代は、高度成長期であり、 太素塚の裏は、まだ、広い空き地になっていて、 ...

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【週刊オチボ新聞】再び、生きる。

先日、自分の生まれ故郷に関わるシンポジウムに参加して、 ココロの中に溜め込んでいたものを書き始めようか、と思って このサイトに書き始めました。 ここにあるとドメインは前から持っていたんだけど、 何を書くかは決めていなかった。 命について、生きる、住む、ということについて...

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夕焼けを見る理由

夕焼けは西に沈む。 十和田市を夕焼けの町だ、という理由。 日は東から昇り、西に沈む。 これは世界中、どこに行っても同じことがおきる。 幼い頃のぼくにとって、夕焼けとは、なんだったのか。 お父さんがバイクで仕事から帰ってくる、夕焼け。 お母さんがご飯を作っている、夕...

夕暮れの町

夕暮れの町

ぼくは一頃、ライブのできるバーを荻窪で運営していた。 一頃とても暇で、一頃メチャクチャ繁盛した。 暇な時期に、彼は来た。 彼は、フォークシンガーだった。 彼は、ぼくの生まれた十和田に近い八戸の生まれだった。

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なぜか武士道ブログ、はじめます。

「なぜか武士道」なんて、ぞんざいなタイトルで新しくブログをはじめることとする。 当初は、本当にぞんざいにはじめるので、ぼくを知る人は予めご容赦願いたい。 ともかく、今は、雑記でも、メモでも、書かねばならないという場面にある。 ぼくが生まれた土地は、青森県十和田市というところだ。 ...

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社会的責任がPRビジネスに転換する

昨年の春先に紙の新聞購読を一切止めてみました。 日経と、日経マーケティングジャーナル(流通新聞)、朝日新聞も取っていたんだけど、震災後にいろいろ考えて、経済的にも月1万円の新聞代ってどうよ、とか、あと日々たまり行く新聞紙の山の処理にもいろいろ考えて、一度ばっさり止めました。 で、またいろ...

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