本日2019年4月1日に新しい元号が発表され、来月5月より正式に元号が変わる。
昭和という時代は、平成という過去のもう一つ前の時代になるのだね
思えば、昭和30年代生まれのぼくとしては、父親の世代から聞いた言葉や記憶の数々から、昭和の戦前、戦後を生き抜いた彼らにとっての「大正」のような時代感になるのだろうか。
おそらく、現在50代のぼくらの年代の人たちにとっては「昭和」ってのがやっぱり居心地よく、ドラマチックで、ノスタルジックな豊穣な時代、としての記憶が残っているのじゃないかな、と想う。
昭和の終わり。
ちょっとだけ、さりげなく、想い返す。
昭和の終わりを迎えたのは、厚木のシティホテルだった。
新宿の広告代理店の遅い新年会が、厚木にあったクライアントでもあったシティホテル・厚木ロイヤルパークホテル。
所属していた営業部の新年会だった。
前日の金曜日の夜に仕事終わってから、新宿から小田急線で異動し、ホテルのレストランで食事会の後、繁華街に繰り出してカラオケスナックにいって歌いまくった。
昭和天皇崩御の知らせを聞いたのは、翌朝、早朝だった。
どこの会社でもそうだったと思うけど、特にメディア系の会社は、大騒動だった。
番組が全部かわる。CMが流せない。では、いつから。
ぼくがいた会社でもテレビのCM枠の買い付けをしていたので、テレビ媒体を担当していた先輩とかは、朝からタクシーでテレビ会社に直行したはずだ。
まだ駆け出しペーペーでメディアの仕事もさせてもらえないぼくは、対した立ち回りもせずに、自宅に帰ったのだと思う。
自分にとっての、平成への想いとは?
今更ながら、平成、って、どんな感じなんだろう。
自分にとって、若さの時代、20代の終わりの頃であったし、ちょっぴりバブルの期間は、お金がある種自由に使えた時代だった。今、思えば、である。
なんか、博覧会、展示会、撮影、消費者キャンペーン、接待、宴会、、、イベントばっかりの日々だったなぁ。
転職で広告会社入社したときは給料よくなった、と思ったけど、次第にしぼんでいて。
それから、すぐに景気はずっこけて、時代は90年代、世紀末。
生意気なんで会社で仕事ホサれて、あったまきてフリーランスになって、いろんな会社営業しまくって、仕事とって、最大5枚ぐらいの名刺で活動してたね。(つまり、助っ人社員クリエイターのふりだね)
後にまたまとめようと思うけど、boxinglee’cafaというあたかもプロダクションのような飲み屋を始める前、
一番最初の屋号は ”BOXING CAFE” だったね。
メモのようにいろいろ思いだすけど。
HeySay MOBOというコンビのバンドに想いを込めて
これも、荻窪boxinglee’ cafeでの話。
2004年ごろか、
上田ノブ、っていう四国生まれの弾き語りがストーン志村っていう、イカしたエレキギタリストと正式コンビ組んでやる、ってんで、ネーミングしてほしい、ってので。
翌日、いろいろノートにいっぱいキーワード書き込んで、うんうんうなって、確か3、4の候補の名前があがって、そのリストを明日あたりに彼に渡そうか、と考えていて。
当時、大酒のみで、酔っ払いながら書いていたんで。
で、朝方、一つの言葉が、ポトン、と落ちてきたので、
ノートにびっしり書いたメモはまったく無用となった。
こんなことは、広告系の仕事では、よくあることだったなぁ。
3日ぐらいろくも寝ないで、ネーミングやらコンセプトやら、キャンペーン案考えていて、パソコンで企画書書いて、ほぼ完成の頃に、ぜんぜん関係ないキーワードが、ねずみのふんのように、ポトンとデスクの上に落ちてきて、それで、全部書き換えて、クライアントにオッケーもらって、プレゼンでストーーーンと、決まるとかね。
ともあれ、彼らのバンドの名前で落ちてきた言葉は、
HeySay MOBO
だった。
お前たちの名前が決まったよ。
どんな名前ですか?
それは、HeySay MOBOだ。どうだ!
え。。。。。
(その瞬間は、何か、詰まっているよな。。。。
いろんな意味が錯綜したネーミングだったね。
やつらの容姿やら、話し方、たち方、ギターの音、言葉、
平成でもないし、ミレニアムでもない、
古き昭和の田舎ものラブソングじゃないか!
だから、大正ヤロウのような古臭い音たちが、平成ミレニアムにモノ申す!
って、感じの意味合いだったんじゃないかな。
ともあれ、HeySay MOBO って名前、気に入っています。
だって、MOBO、だぜ。
MODERN BOY だよ。
MODERN JAZZの、MODERNだもんね。
平成、その後の時代の、HeySayMOBOに期待したい。
HeySayMOBOのライブだね。ギター&ボーカルの上田ノブは下戸。ギターのストーン志村は、酒飲むとすぐ寝る
またまた5月からライフスタイルがガラリと変わります。
その仕込みの4月は、ある種記憶の棚卸のつもりで、書いてゆきたい。