福岡から十和田、そして西荻窪。時空を超えた追憶の夜の旅

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瓦田さんと、東京・西荻窪で会った。そして、ぼくと瓦田さんは、西荻窪のぼくの居場所 おでん屋 田毎で、おにぎりを食べる。

瓦田さんは、今、富山で飛行機のパイロットの仕事をしている。東京に用があって来て、少しばかり時間が空いたので、「じゃあ、会おっか」って感じで連絡しあって、ぼくの仕事が終わる頃に、西荻窪で落ち合った。無論、行くのは、我がアジト、おでん屋の田毎(たごと)である。

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はじめて会ったのが2011年の7月。実に8年ぶり。しかも、会うのは2回目。そして、出会ったのが、故郷青森県十和田市のプチホテルの朝食のカウンターだった。

しかも、確か、朝食を共にして話したのは30分にも満たない短い時間だった。

そのときも、ぼくと瓦田さんは、プチホテルのママから提供された、おにぎりを、しかも、十和田らしい、丸いでっかいおにぎりをほおばっていた。

そう、ぼくと瓦田さんは、ほぼ他人のはずだった。だのに、なぜか、疎遠なはずなのに、ネットで偶然にも出会い、ちょぼちょぼと通信をはじめた。お互い、ほとんど素性の知れない、間柄だった。

血が通ったようにつないでくれたのは、青森県十和田市という我が故郷と、彼、瓦田さんの故郷、福岡だった。

2011年の6月末~7月初旬、故郷十和田市で、全国インターハイの空手道大会が開催されていた。

その頃、自営で営業していた店boxinglee’s cafeを閉店してから、元の大手のプロダクションや、その他広告会社に復帰しながらも、中々仕事が取れず、ただ営業を続ける不遇の時期を越えて、小規模ながらも30店舗を構えるスーパーマーケットのチラシの制作を数店舗分の制作を受けていて、売上は一気にうなぎ登りの頃だった。

だが、あまりに多忙だったのだが、故郷十和田でインターハイ空手大会の開催と聞くや、いてもたってもいられず、何とかスタッフを補充して、十和田へ帰ったのだった。

何と、インターハイが最大4日か5日ぐらいの開催で、ぼくはほぼ1週間の時間を自腹で買って(つまりは代替のスタッフに頼んで)、現地に乗り込んだ。

なぜに、ぼくはギリギリの仕事の中、十和田に長期でいったのか?

理由は、今の自分、これからの自分、

すべてのルーツが、卒業した高校、青森県十和田市立三本木高校、そして所属していた空手道部にあったからだ。

もっと描きたいけど、体がヘビーなので、明日につづけます。

瓦田さんのおにぎりの写真で、今日はごかんべんを

本気で、またつづけるよ!

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