「 路地と武士道 」一覧

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歩きはじめよ、と、男はいった② 六本木

2008年の師走が近い頃、仕事が停滞して途方に暮れたあたり。一念発起して友人の紹介で知った六本木で開催されたビジネスセミナーに参加してきた。そもそも、二十代はセミナーの会社で企画の仕事をしていたが、自らがセミナーに参加するなんてはじめてだった。そのセミナーは、局地型のマーケティング戦略につい...

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綿菓子泥棒を捕まえろ!

ぼくにとっての太素塚記憶のはじまりは、 太素祭(たいそさい)というお祭りでの出来事だった。 こどもこどもでありながらも、ぼくという個人が、 世界のしくみ=システムに気付くきっかけが太素塚にあった。

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空想科学の森、太素塚。

既成の世界観に固められてない、 想像力が無限に広がりづつける子供にとって、 自然というものは、さまざまな異郷を連想させる。 ぼくが太素塚の裏の家で生まれ育った育った1960年代当時の流行った アニメや漫画の作品の代表作はこんな感じ。 「ジャングル大帝」 ...

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太素塚の遊び方

子供たちにとって、太素塚の中で、 もっともスリリングで面白い場所は、 新渡戸傳、その息子十郎、さらにその息子の稲造、 十和田市の開祖新渡戸三代の三つ並んだ記念墓碑だったと思う。 本来、太素塚は、埋葬された新渡戸傳という偉人を祭る「墓所」であったはずであり、 そこに並ぶ記...

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聖地として、遊び場として

ぼくが生まれたのは、太素塚の裏の路地裏の平屋の家だった。 ものごころついた頃には、ただ普通に家の窓から太素塚の森が見え、 ただ当たり前のように、太素塚の森の中で遊んでいた。 ぼくが生まれた1960年代は、高度成長期であり、 太素塚の裏は、まだ、広い空き地になっていて、 ...

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夕焼けを見る理由

夕焼けは西に沈む。 十和田市を夕焼けの町だ、という理由。 日は東から昇り、西に沈む。 これは世界中、どこに行っても同じことがおきる。 幼い頃のぼくにとって、夕焼けとは、なんだったのか。 お父さんがバイクで仕事から帰ってくる、夕焼け。 お母さんがご飯を作っている、夕...

夕暮れの町

夕暮れの町

ぼくは一頃、ライブのできるバーを荻窪で運営していた。 一頃とても暇で、一頃メチャクチャ繁盛した。 暇な時期に、彼は来た。 彼は、フォークシンガーだった。 彼は、ぼくの生まれた十和田に近い八戸の生まれだった。

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