「 なぜか武士道 」一覧

日本人が日本人であることを忘れがちな昨今、なぜか武士道、なんてフレーズありふれているようですが、実は深刻な日本の問題ですね。新渡戸稲造が著した「武士道」は、アメリカのカリフォルニアで英語で書かれた書物です。しかも、新渡戸稲造は、(当時)岩手県盛岡市生まれなのに、札幌の農学校で学んだあと、東京大学を中退して、アメリカに渡り、 東京女子大学初代学長、台湾総督府において開拓の指導者となり、国際連盟事務次長を務めるなど多方面において活躍しました。ここでは、近代以降の武士道の発祥について探求してゆきたいと思います。

悲しくて、悲しくて、とてもやりきれない太素の森で

悲しくて、悲しくて、とてもやりきれない太素の森で

深い森の緑に抱かれ 今日も風の唄に しみじみ嘆く 悲しくて 悲しくて とてもやりきれない この燃えたぎる苦しさは 明日も続くのか 「悲しくてやりきれない」(作詞 サトウハチロー 作曲 加藤和彦)より タイトル、イントロ、最初のフレーズから、すべて...

利根川から、稲生川へ、そして、中上健次の海へ。

利根川から、稲生川へ、そして、中上健次の海へ。

前橋の街中を抜けて、利根川沿いにたどり着き、 ついに念願の大渡橋を渡り歩きました。 橋の欄干中央から、利根川の流れを見ていました。 流れる川の水と遠くの荒涼たる山々の背景が、 またどこか自分の故郷の稲生川、奥入瀬川、八甲田山に 通じる感触を覚えます。 稲生川も...

美しい、の背後に蠢く巨大な 「?」

美しい、の背後に蠢く巨大な 「?」

我が故郷、青森県十和田市にも、なぜかあります。十和田市現代美術館。なぜか、あるのです。なぜか、などと不謹慎な言い方ながらも、ぼくにとっては、なぜか、あるだけ。当初から思っていましたが、なぜ、そこに美術館があるのか、その背景がよくわからないし、おそらく市民の人たちも、その理由がわからないのではないか。なぜか、そこに、あるだけ。

新渡戸記念館 瓦礫の向こうに見えるもの

新渡戸記念館 瓦礫の向こうに見えるもの

この写真は「武士道」の著者である新渡戸稲造の蔵書と十和田市の開拓の資料を保存する新渡戸記念館が在る青森県十和田市の太素塚の入口にある鳥居、あるいは門が1968年5月16日に起きた十勝沖地震によって倒壊した記録写真である。 不安の闇の中で何故か太素塚の鳥居を思う 東日本大震災が起きた2011年...

土方の町 

土方の町 

ぼくが故郷 青森県十和田市の開拓史の凄みを知ったのは、実は上京してから出会った中上健次という小説家の作品からだった。 そこから、ジャズ、ブルース、マルケスとの出会いにつながってゆく。 中上健次の作品「 枯木灘」でであったワンフレーズに衝撃を受けた。

敬愛なるブルースの力

敬愛なるブルースの力

正月も終わった。 昨年末のヘビーな旅の仕事がひと段落して、東京に戻り、また明日から出かけなければならない。 体力的にも、精神的にも移動しながらの仕事は疲れる。これほどに移動する仕事は、過去にはなかった。 年末年始を報告します。

十二月の流星群

十二月の流星群

自分の故郷十和田市を思い起こすたびに思い出す夜空の星、とくに冬のオリオン座。夜の空、闇の中での光とは、ぼく自身が考える十和田市という町の成り立ちの物語に関わってくる。 こどもの頃から周りの大人から教えてもらった、故郷十和田市の開拓の歴史と夜空の星が、ぼく自身には重なって見えた。

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十一月のオリオン座

大人になった今でも、見つめている方角は子供の頃と変わらない。 秋深くなると南の夜空を見つめ、オリオン座と対話する。 オリオン座にだけは、本当の自分を晒し出すことができる。 オリオン座だけには、目をそらさずに問いかけることができる。 オリオン座は、もっとも信頼のできる不変の...

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十月の闇市

十和田の中央病院で、青年から電話を受けた週の半ばに東京に戻り、彼と荻窪の店で打ち合わせをした。 初めて会う青年は、やさしい面立ちで実直な口調で、親しみ深く話してきた。話した瞬間から育ちの良さがわかる。が、ちょっとばかり不思議な汗が額から滲み出ていた。

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