なぜか武士道一覧

日本人が日本人であることを忘れがちな昨今、なぜか武士道、なんてフレーズありふれているようですが、実は深刻な日本の問題ですね。新渡戸稲造が著した「武士道」は、アメリカのカリフォルニアで英語で書かれた書物です。しかも、新渡戸稲造は、(当時)岩手県盛岡市生まれなのに、札幌の農学校で学んだあと、東京大学を中退して、アメリカに渡り、 東京女子大学初代学長、台湾総督府において開拓の指導者となり、国際連盟事務次長を務めるなど多方面において活躍しました。ここでは、近代以降の武士道の発祥について探求してゆきたいと思います。

十和田市太素塚太素祭で、敬々が「夕焼け市」を歌った

2019年令和元年の太素塚太素祭が無事に、盛況に終わった。 個人的には、開催日直前までの請負の仕事がギリギリまで続き、身体的な疲労が精神的な克己心で乗り越える頃ができず、まったくもって最後の最後までギリギリの体力で故郷十和田まで乗り込んだ、というのが正直なところである。それでも、やはり自分の故...

新渡戸稲造がダイナマイトを自ら製造し、爆破させたという事実を、キミは知っているか。

話はかわって、稲造がダイナマイトを作った頃と同時期の幼少期のぼくの話だ。 太素塚の裏に暮らしていたぼくの父親は、土建会社にずっと勤めていた。 ものごころ付いた頃は、毎朝朝一番の5時に家からバイクのスーパーカブで数分の稲荷神社近くの会社の車庫の鍵を開けに行き、それから6時ぐらいに帰ってきて、朝飯を食べてから、新たに出勤するという日課だった。

見晴台から、ずっと。

先日、同郷の小学、中学の同期生の家に訪問して酒を飲みながら語った。 私は、何故に東京にいて、齢50になりながら、 故郷青森県十和田市について叫ぶのか。 集まった同郷近郊の友人や家族と語った。 私の生れた青森県十和田市の話にしても、一つの枠で言い切れない世界がある。 ...

キミの死ぬところはこんな淋しいところじゃない~2018年太素祭160周年記念スタッフ参加を終えて 映画「どついたるねん」を想い起こした

広告代理店勤めをしていた二十代の末期、会社の先輩のセコチンのマンションで、土曜日の半ドン明けの午後、ビデオで観たんだが、映画の終わりのエンディングで、あまりに深く感動してしまって、そそくさと新中野のその場所から立ち去ったのを覚えている。

元町のご詠歌とジョン・コルトレーン

モダンジャズというものに惹きつけられるきっかけは、5歳の頃に遭遇した葬式のご詠歌だった。 ジャズというものをはじめて真っ当に正面から聴いたのが、高校1年の土曜日の昼下がり。 クラブ活動終わってから、家に帰って、太素塚裏の家の2階の部屋の畳に寝転がりながら、NHKのFMを聴き流していた...

山神 開拓の身体脳

2017年。今年の5月に太素祭に行った際に、十和田三本木原開拓市のある種決定的な証跡となる幻の穴堰の見学に行ってきた。そのレポートを書くつもりで撮った写真の中で、強く我が心を射止めてしまったのが、南部土方衆の残した石碑「山神」である。 幻の穴堰 幻の穴堰とは、新渡戸傳の開拓事業の後継者で...

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