なぜか武士道一覧

日本人が日本人であることを忘れがちな昨今、なぜか武士道、なんてフレーズありふれているようですが、実は深刻な日本の問題ですね。新渡戸稲造が著した「武士道」は、アメリカのカリフォルニアで英語で書かれた書物です。しかも、新渡戸稲造は、(当時)岩手県盛岡市生まれなのに、札幌の農学校で学んだあと、東京大学を中退して、アメリカに渡り、 東京女子大学初代学長、台湾総督府において開拓の指導者となり、国際連盟事務次長を務めるなど多方面において活躍しました。ここでは、近代以降の武士道の発祥について探求してゆきたいと思います。

福岡から十和田、そして西荻窪。時空を超えた追憶の夜の旅

瓦田さんと、東京・西荻窪で会った。そして、ぼくと瓦田さんは、西荻窪のぼくの居場所 おでん屋 田毎で、おにぎりを食べる。 瓦田さんは、今、富山で飛行機のパイロットの仕事をしている。東京に用があって来て、少しばかり時間が空いたので、「じゃあ、会おっか」って感じで連絡しあって、ぼくの仕事が...

新渡戸稲造がダイナマイトを自ら製造し、爆破させたという事実を、キミは知っているか。

話はかわって、稲造がダイナマイトを作った頃と同時期の幼少期のぼくの話だ。 太素塚の裏に暮らしていたぼくの父親は、土建会社にずっと勤めていた。 ものごころ付いた頃は、毎朝朝一番の5時に家からバイクのスーパーカブで数分の稲荷神社近くの会社の車庫の鍵を開けに行き、それから6時ぐらいに帰ってきて、朝飯を食べてから、新たに出勤するという日課だった。

見晴台から、ずっと。

先日、同郷の小学、中学の同期生の家に訪問して酒を飲みながら語った。 私は、何故に東京にいて、齢50になりながら、 故郷青森県十和田市について叫ぶのか。 集まった同郷近郊の友人や家族と語った。 私の生れた青森県十和田市の話にしても、一つの枠で言い切れない世界がある。 ...

キミの死ぬところはこんな淋しいところじゃない~2018年太素祭160周年記念スタッフ参加を終えて 映画「どついたるねん」を想い起こした

広告代理店勤めをしていた二十代の末期、会社の先輩のセコチンのマンションで、土曜日の半ドン明けの午後、ビデオで観たんだが、映画の終わりのエンディングで、あまりに深く感動してしまって、そそくさと新中野のその場所から立ち去ったのを覚えている。

元町のご詠歌とジョン・コルトレーン

モダンジャズというものに惹きつけられるきっかけは、5歳の頃に遭遇した葬式のご詠歌だった。 ジャズというものをはじめて真っ当に正面から聴いたのが、高校1年の土曜日の昼下がり。 クラブ活動終わってから、家に帰って、太素塚裏の家の2階の部屋の畳に寝転がりながら、NHKのFMを聴き流していた...

太素塚への道 序章

今年の青森県十和田市太素塚(たいそづか)のお祭り、太素祭(たいそさい)が近づいてきたので、太素塚の想い出の発端をたどって見たい。 生まれ故郷にある太素塚について。 不躾な言い方かもしれないけど、私が、生まれ故郷の十和田市の太素塚、その大切さについて強くいい続けている最も大きな理由。 ...

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