貴乃花は、武士道として正しい

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貴乃花親方は、相撲という武道において、正しい。

貴乃花親方は、あまりに現代的には悲しいくらい

武士道、そのままを生きている。

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貴乃花親方は、本来の相撲の常識としての武士道を、普通に貫いて生きている。

武士道といって、時代錯誤というなかれ。

そもそもが、ちょんまげ結った武道としての相撲なのだから。

相撲そのものが、時代錯誤の美学なのだから。

時代錯誤を誇りとしながら、時代錯誤を忘れるなかれ。

今こそ、時代錯誤そのままを貫いてきた相撲なのだから。

もしロボットが常識となる時代が来ても、

身体芸術としての相撲は、不滅だ。

ロボットが相撲とっても、誰も感動しない。

心身を鍛えつづける力士が、渾身で戦うから、

相撲は、面白く、儚く、美しい。

もしも、ロボット主流の時代になり、

ロボットが、経済をもつ時代になっても、

ロボットは、身体芸術の相撲に、金を払って見に来るはずだ。

相撲は、人だ。

そして、武道であり、武士道だ。

ロボットは切腹しない。

貴乃花親方が、立ち向かっているのは、世間ではない、

貴乃花親方が、立ち向かっているのは、相撲の本来のあるべき姿だ。

団体がどのような構造になろうと、

相撲という命がけの身体芸術は、

あるべき姿があり、

貴乃花親方は、それをそのまま生きているだけだ。

武士道であること、日本人であること。

今時において、誤解が噴出するような言い方だが、

そういう意味で、そういう意味での相撲という考え方で、

私は、

貴乃花親方が、日本を支える精神である武士道において、絶対的に正しいと発言する。

2009年の我が故郷十和田市の同郷会・東京十和田会において、従兄弟の市会議員ヒロユキのはからいで貴乃花親方とパチリ。ヒロユキ、ありがと。

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