大いなる傍流

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青森県十和田市前副市長であったの小久保純一氏「新渡戸三代」を読んだ。

おそらくは、この書は、新渡戸傳、新渡戸十次郎、新渡戸稲造という、

千葉県、岩手県、青森県、北海道、東京、アメリカ、ヨーロッパと、

あまりにも法外な歴史を一挙にまとめてしまった十和田市の太素塚という、

あえていえば偉大すぎるミステリーゾーンを

歴史的にも、地理的にも俯瞰したはじめての著書なのではないかと思った。

この書の中で、とても、大きなキーワードを発見しました。

(新渡戸)稲造と後藤(新平)、同じ東北の出身であり、薩摩や長州出身者が中心である明治政府にあっては傍流であった。

「新渡戸三代」(小久保純一著 文芸者刊)より

傍流とはなんだろう。

本流ではない。主流でもない。

路傍の如く、傍流なのだ。

十和田市における、だけではない、日本国内全般における、新渡戸稲造の過小評価、というよりは、過小理解度が、この、傍流、という言葉で、我ながら、腑に落ちた。

自分は、つくづく、傍流の傍流で生れたが故に、

傍流を誇りとし、傍流を覆した、先人たちに憧れてきたのだなぁ、と。

それを、現時点では、不良といい、功をなせば革新者といい、永続的には偉人という。

ふと、頭脳身体脳という言葉が浮かんできたので、

次回はそれについて、述べてみたい。

ふと思い起こすのがニール・ヤング「孤独の旅路」

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