十一月のオリオン座

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大人になった今でも、見つめている方角は子供の頃と変わらない。

秋深くなると南の夜空を見つめ、オリオン座と対話する。

オリオン座にだけは、本当の自分を晒し出すことができる。

オリオン座だけには、目をそらさずに問いかけることができる。

オリオン座は、もっとも信頼のできる不変の友人であるような気がする。

夜空の星座で識別できるのが、オリオン座しかなかったせいもあるけど。

オリオン座と話すようになったのは、小学生の中学年の頃に通った珠算塾帰り道の産馬(さんば)通り。時刻は秋の夕暮れから、冬間近な夜空の南。

当初、珠算塾には、同級生たちの影響もあり、意気揚々と通っていた。けれど、不器用なぼくは、一番最初の検定試験に落ち、同期の塾生に遅れをとってから次第にいやいや行くようになった。

泣き虫で勉強の成績も運動もパッとしない自分だが、たまには親にも褒められてもみたかったのだけど。




遅ればせに検定は通ったものの同期生に追いつけない。次第に、行く気もやる気も失せて、親の目を盗んでサボりはじめる。

学校の授業が終わると太素塚裏の家に立ち寄り、塾のカバンを手に取って元気よく出かける。しかし、目指すのは珠算塾ではない。

太素塚を抜け、産馬通りを歩き、4丁目交差点の市外を抜けて、三本木高校に続く道を歩いて、珠算塾にいく、はずなのだが。

途中、当時の十和田市のメッカとなるショッピングセンターすぎもとの4階まで階段を登り、ゲームセンターに入る。そこでしばらく時間を潰し、帰宅時刻前の30分ほど珠算塾へ行き、パチパチ練習するふりをする。塾の先生から出席簿にハンコをもらって、四丁目の交差点から夕暮れの産馬通りを逆戻りをする。太素塚の立派な鳥居が待ち受ける。その脇の道から続く裏の路地を通って、家につく。時々、太素塚の鳥居に入り、暗い森を抜けたりもする。

そんなことを繰り返すうちに、珠算塾の仲間よりも、ゲームセンターにたむろする同級生や、見知らぬ他校の生徒の知り合いが増えてくる。お金もないので、中学生、高校生がピンボールで遊んでいるのを横目で見る。ときどき、遊び飽きた兄貴分のような上級生から、余ったゲームを分けてもらう。そんなことが、半年、いや、一年以上も続いたのだろうか。

ある日、常連の高校生が、ゲームしているのをゲーム台の横で見ていたら、おそらく他の見ている誰かが揺らした。「押すなよ!」と高校生はぼくに怒鳴った。「押してねじゃ」と言い返したら、いきなりビンタで殴られた。しばらく耳が痛かった。

オンボロで誰もやらない10円のピンボールゲームが一台あった。実はオンボロであるがゆえに5円玉をいれても遊べることを知り、時々5円玉で遊んでいた。ある時ゲームの管理会社の社員に見つかって、頭を拳骨で殴られた。大人が平気で子供を殴る時代だった。あいつは、子供相手にヤクザのような顔つきでゲームコーナーを両替のおばちゃんと見張っていた。大嫌いだった。ほとんどのズルしたり、金なしでもゲームできる方法を考えているばかりの同年代の小学生は、あいつが大嫌いだった。なぜか器用に大人と話ができる同級生の歯医者の息子以外は。もっとも、歯医者の息子はお金に不自由なかったし、ゲームにも興味がなかったのだが。

そのうち月日は過ぎ、寒い季節がやってくる。

毎日ウソの塾通いの帰り道、太素塚に続く産馬どおりの歩道を歩きながら、夜空を見上げては、寒い季節にやってくるオリオン座の星たちに語りかけるようになった。縦長四角の真ん中にヘソのような星三つ。

「オリオン座よ、オラはこれでいいのか」

空の星は無言にただ光り、そこにあるだけ。理科の授業で聞くには、あの光は何万年も前に発せられた光だ。ということは、ぼくは何万年も前の光に問いかけているわけだ。ということは、自分が問いかける言葉が届くのは何万年あとのことなのだろうか、などと、考えながら。

寒い季節、帰り道の暗い太素塚前の鳥居の前を通るたびに、オリオン座を見ながら、問いかける自分がだんだん惨めでいやらしくて、嫌いになってくる。帰り道に通り抜ける太素塚の脇の道が暗くて暗くて、街灯もうすぐらい頃で、まだまだ暗くて、その裏の路地を歩いてゆくと、家に灯りがついていて、母親がご飯の支度をしている。ただいま、と元気に声を出して玄関の戸を明けるのが、嫌だった。淋しい闇を抜けての嘘つき小僧の帰宅は、白々しさに嫌気が重なっていた。

ある日の夕暮れ、いつもの産馬通りの帰り道、ぼくはオリオン座に問いかけた。

「オリオン座よ、オラはもう珠算塾、やめてよ」

オリオン座は、いつものようにじんわりと光を投げかけていた。胸に詰まっていたものを吐き出したかった。

我慢できずに太素塚脇の暗い夜道を歩いて、家に帰った。父親と母親に塾をやめたいと言った。両親はすんなりと了承した。ぼくはちょっとばかり、ベソをかいた。いつもは泣き虫のぼくを怒鳴る母親も怒らなかった。

安堵した。嫌な塾に行かなくてもいい。それだけじゃない。もう、学校帰りに、両親にも、塾の先生にも、嘘をつかなくてもいい。

二階の自分の部屋の窓を開け、もうすぐやってくる冬を予兆する澄んだ夜空の南に浮かぶオリオン座を見つめる。一つの終わりとはじまりを報告した。

その日から、自分の部屋の窓から夜空を見るのが好きになった。窓の外の北側は、太素塚の樹木が闇の海のように深く暗い。その木々の上の宙空を見続ける。




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コメント

  1. 敬々 より:

    おらも、オリオン座は特別な星座だったよ。その流れは諸星大二郎の暗黒神話さもツナガッタ。