【オチボ新聞】なぜか武士道の名付け親、高円寺に死す。

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2016年10月8日夕刻、

このブログのタイトル「なぜか武士道」の命名者が亡くなりました。

おそらく確か10歳とのことです。

ひょんなことから、一年前に相棒と一緒に住むようになりました。

名前は、ジンくん。

ニャンコです。




ジンくんとは、一年と2ヶ月程一緒に暮らしたのですが、話し合えたのは彼が最期への秒読みに入る4月頃からでした。

それまでは、全く触れ合うこともなかったし、目線を合わせることもあまりありませんでした。

これまで猫と一緒に暮らしたことはありましたが、自分が原因で拾ってきたり、そのつながりで生まれてきた猫と一緒でした。

そして、無責任なことに、それらの猫の生涯の終わりは他人任せという結果でした。

ジンくんのように、自分が拾ったわけでもなく、ゆずりうけたわけでもない。

他人の家の猫と一緒に住む、という状況ははじめてでした。

でも、前々から猫という動物の生き方、というか性(さが)みたいなものにはとても気にしていました。

猫って、何で、小さくて、猫背なくせに(当たり前だ!)、イケシャーシャーと来るときは来るんだろう、みたいなことを思っていました。

猫にガン飛ばされた経験ありませんか?

ある人から聞くには、犬という動物は元来、ご主人を求めて生まれるが、猫は生まれた時から自分が神様だと思っている、らしい。

人間と同じように、いろんなタイプの猫がいるに決まっています。

ジンくんは、今まで付き合ってきた猫とは違う、全くはじめてのタイプの猫でした。

いや、あるいはぼく自身が、ようやく猫、というか生き物についてわかるような年齢になったのかもしれない。

ジンくんは、他人にはすぐになじまない。

見知らぬ人にはなじまない。

相棒一人ならじゃれ付くが、第3者がいると気に食わないので、絶対に出てこない。

気に食わないと飯も食わない。夜中にこっそり喰うけどね。

で、家の者が勝手に振舞っていると、見ていないところでオシッコする。

ナンダコノヤロ、とばかりに、座布団やらが濡れている。

ドウダコロヤロ、と本人は知らん振りだ。

一緒にくらして半年たっても、未だにぼくの方を見向きもしない。

じゃあいいよ。とばかりに、しばらく、知らん振りしつづけた。

そしたら、或る朝(なぜか、ここはこの漢字にしたい。「或る朝」なのだ。)、

いや、もう昼頃になるのか、日々遅寝遅起のぼくが布団の中でウトウトしていると、彼、ジンくんがやってきて、

ゴッツンコ

と頭を、ぼくの額にぶつけてきた。

いわゆる、

ゴッツンコ

だった。

それから、寝起きが遅いぼくに、彼はゴッツンコ攻撃をしてきた。

それは、

いい加減、起きろ! 昼になるぞ!

たまには、ボクと遊べ!

あるいは、

ご飯出せ!

水もないぞ!

というような、基本的なことだったり、

たまには、ボクを見に来いよ。

って、感じだったり。

それまで、相棒の方しか見ていなかったジンくんが、

ぼくの方を気にするようになった。

そして、ぼく等の居住する空間が、変わった。

そして、おそらくはこのブログサイトは、

ジンくんがいなければ、

ぼくははじめることがなかった、と思う。

そして、なぜか、そこらへんのボンクラな男としてのぼくが、いきなり、武士道、を考える。

にゃに?

武士道?

武士道とは、何か?

武士、とは、エリートである。

エリートとは、世の中を率先垂範する責任者である。

自分自身が、生まれ故郷にゆかりのある知識人が世界に発した「武士道」を語ること。

ただの、そこらへんの路地裏に生まれた男が、

世界に通じるのエリートの哲学としての「武士道」を語る、その意味と意義。

ぼくはエリートではない。

ぼくは知識人ではない。

ぼくは、エリートであり知識人の功績を残した人物を祀る森の裏の路地で生まれた、ただの普通の凡人である。

そんなことを思って、再度、自分なりの武士道の発言をしようと決めたとき、いろんなタイトルやコンセプトを考えた。

方眼用紙に落書きをはじめると、

来た来た。そろりそろりと、ニャンコのジンくんが。

相棒から聞くには、

ジンくんは、横浜はずれの住宅地帯のマンションの一角で

ノラ猫として生まれた。

数人いる兄弟の中で一匹だけ、母親に育てられてきた。

最初の3、4ヶ月の間、ノラ猫としての行き方を教えられてから

ある日、母親は、ジンくんを残して去っていった。

一人で生きてゆけ、という野生の教えなのだろう。

しばらくノラとして生きた後に、

無理矢理、相棒に拉致されて、

無理矢理、家猫にならされた。

ノラ猫の中のエリート、というか、

母親にノラとして保護され、

相棒に家猫として保護されて育てられたニャンコだから、

ギリギリ、育ちがいい。

そのニャンコが渡り渡って、青森県十和田市生まれで東京都杉並区在住のボクのところにやってきたのだ。

そして、ぼくはノートに書く。

エリートの哲学としての武士道を、今、故郷に向けるための方向性は。

ナンチャラ英語とかでいうと、ベクトルは?

武士道?

ぼく自身に、そんな高貴なものがあるのか?

武士道?

ただのゆかりの土地の裏の路地に生まれただけじゃないか。

しかも、今、親戚筋と連絡は?

親もいない。

実家もない。

根無し草じゃあ、ないのか?

なんて、想いながら、デスクに佇むと、

来たよ、来たよ、ジンくんが。

すると、ぼくのネーミングアイデアとして、

路地裏から生まれたニャンコのジンくんを想い、

「路地と武士道」

と出てきた。

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ジンくんが、やってきて、ノートに近づき、

そろりそろり、とやってきた。

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路地と武士道、まあ、いいぞ。

だが、

なんか、わかんねぇ。

ジンくんと話し合った。

その結果、

このブログサイトの名前は、

「なぜか武士道」

になりました。

あれから一ヶ月もたたないうちに、

こうなっちゃうなんて。

明日は、お別れになるけれど、

さよならは、まだいわないよ。

ジンくん、ありがとう!

なんてこたぁないよ。キミ、がんばって。

なんてこたぁないよ。キミ、がんばって。




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