歩きはじめよ、と、男はいった③ 別れ

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※写真出所、文・引用 「写真集・明治・大正・昭和 十和田」(工藤祐篇、昭和55年国書刊行会刊)より

※写真出所、文・引用 「写真集・明治・大正・昭和 十和田」(工藤祐篇、昭和55年国書刊行会刊)より

2008年の暮れあたりに参加したビジネスセミナーに申し込みするにあたって、セミナー講師から事前の課題を与えられた。

それはこれから10年先までの人生計画書を書け、というものだった。2009年から2018年まで一年毎に己が成し遂げたいものを自由な想像力願望に任せて、書けと。つまりは、企業で言う経営計画書であった。

さらに今後自分がやりたい仕事について、8つの戦略をシンプルにまとめよ、と。

その8つの戦略項目を埋めてゆく毎に、自分自身の心の根底にあったものが蘇ってきた。




その8つの戦略とは、以下の項目だ。

商品戦略 どんな商品・サービスで勝負するか?自分の天職は何か?

地域戦略 どこで勝負するか? どう攻めるか?

客層戦略 誰をお客さまにするか? ライバルに勝てるお客さまは誰か?

営業戦略 どうやって新規のお客さまを獲得するか? 集めるか?

顧客戦略 どうやってリピートや安定客にするか? 口コミや紹介をもらうか?

組織戦略 人員体制は? 採用や教育。やる気や評価制度は?

財務戦略 成功するお金の使い方は?

時間戦略 成功する働き方は? 時間の使い方は?

「弱者の戦略」栢野克己著 経済界刊(参加したビジネスセミナーの講師の著作)より

これらの戦略項目について、参加する当日の朝型、ぼくは考え、紙に書き出した。

深く深く、真夜中から明け方まで、考えて、白いコピー用紙に鉛筆で書き出した。

何を、どこで、誰と、どうやって。

ふつふつと、今現在に至る自分自身の歩いてきた道を思い起こした。

東京に来た理由、大学に入った理由、文学を選んだ理由、最終的に広告と制作という仕事を選んだ理由、文字を書くという理由。

すべての計画書を鉛筆書きからパソコンのタイピングに写し、プリントアウトした朝の10時頃に、ぼくは自分の道が見えた。

参加するセミナーは正午の午前12時に開始。もう身支度をして出かける準備をしなくてはならない。

が、どうにも自分が書いた8項目の計画書の「地域」と「客層」の項目が気になって仕方がない。

自分が行くべき地域とは、そして動くべき地域とは、思いを、あるいは商品を届ける客層つまりはターゲットとは。

はたと気が付いた。

故郷、青森、十和田だ。

ぼくは東京にいる。

東京と十和田だ。

そして、世界だ。

一つの帰結が訪れ、家のドアと飛び出す前に、思いついた。

あの本に、たしかあったな。

一冊の書籍を書棚から探してケースからとりだして見開いてゆくと、出てきた。

それは写真集で、モノクロで、その中の一枚の写真には、一頭の馬と、育てた男とその妻と、その妻におんぶされた乳飲み子がいた。

場面は、ぼくの故郷青森県十和田市がまだ三本木と呼ばれる頃の畜産のせり市場の光景だ。

その中で、その男は、自らが育てた馬を今、第3者に売り渡そうとしている。

男は、馬の臀部に手を当てていたわりながら、しっかりとカメラのレンズに目の焦点を絞っている。

別れだ。

その男と、馬は、深い深い時間を、おそらくは生まれた時からわかちあってきたのだろう。

別れだ。

男の目線は、悲しみと決意と、そしてほんの僅かな怒りが見える気がした。

そのかたわらで、男の妻が乳飲み子を綿入れ半纏の中におんぶしながら、またしっかりとした目線で支えている。

その一枚の写真で、ぼくは大きな決意をした。

東京で、十和田人として、世界を気にしながら、僻地の目線で発言できるメディアになろう、と。

そして、再度、写真の男とその妻に送り出される馬の写真を見る。

と、男は、いった。

「はやぐ、いげ」

※写真出所、文・引用 「写真集・明治・大正・昭和 十和田」(工藤祐篇、昭和55年国書刊行会刊)より

※写真出所、文・引用 「写真集・明治・大正・昭和 十和田」(工藤祐篇、昭和55年国書刊行会刊)より

ぼくは、身支度を整えて、そそくさと六本木に向かって家をでた。

そして、六本木で、決意し、そこからその当日から、計画を実行した。




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